導入事例
東京科学大学病院
課題
がんゲノム医療は患者のゲノム(遺伝情報の全体)をはじめ機微な医療情報を扱うため、セキュリティの観点から商用クラウドAIにアップロードすることには慎重な検討が求められる。一方、データ解析の効率化にはAI活用が欠かせず、院内で完結する高性能なAI基盤が求められていた。
ソリューション
NVIDIA RTX PRO™ 6000 Blackwell Max-Q Workstation Editionを搭載した「Lenovo ThinkStation PX」を活用。院内のオンプレミス環境で、大規模言語モデル(LLM)やAIエージェント、独自の知識データベースを組み合わせたAI基盤を構築・活用している。
効果
高性能なLLMをローカルで動かせるようになったことで、大規模データの移行・解析・解釈を短時間で実現できるようになった。研究者は単純作業から解放され、創造的な業務に時間を割ける体制へと近づいている。
概要
がんの原因を解き明かし、患者一人ひとりに最適な治療を届ける「がんゲノム医療」が、いま臨床の現場に広がりつつあります。膨大なゲノムデータの解析・解釈を支えるのがAIですが、患者の機微な情報を扱うため、セキュリティの観点から商用クラウドAIにそのままアップロードする事は難しい状況でした。そこで東京科学大学病院 がんゲノム診療科は、安全性を担保しながら高性能なAIを最大限に活用するべく、NVIDIA RTX PRO 6000 Blackwell Max-Qを搭載した「Lenovo ThinkStation PX」を活用しています。高性能GPUを搭載した同ワークステーションは、機微な医療データを院内に保持したまま、生成AIやAIエージェントを活用するための中核基盤となっています。

患者ごとに異なるがんの「設計図」とAI活用の壁
東京科学大学病院 がんゲノム診療科は、患者一人ひとりの遺伝子情報をもとに最適な治療を探る「がんゲノム医療」に取り組んでいます。同科の教授・診療科長を務める池田 貞勝氏は、がんという病気のメカニズムを次のように説明します。
「がんは遺伝子の変異が積み重なって起こる病気です。最近の技術では、がんの根本の原因になっている遺伝子の異常を、ゲノムという細胞の設計図を解析することで見つけ出せるようになってきました」(池田氏)
かつては、がんができた部位や、顕微鏡で見た組織の形態(組織型)でがんの性質を捉えていましたが、いまはゲノムを読み解き、どの遺伝子にどんな変異があるかの根本原因までさかのぼれるようになりました。さらに、原因が分かるだけでなく、その異常に対応する治療薬も次々と登場しています。
「同じがん患者でも、遺伝子の変化のパターンは誰一人として同じものはありません。この多様性が、解析結果の解釈を難しくしています」(池田氏)
がんゲノム医療が日本で保険診療になったのは2019年のこと。以来、がんゲノム医療は研究段階から、実際の患者を治療する臨床の段階へと踏み出し、最近は患者ごとに最適な治療を選ぶ「プレシジョン・メディシン(個別化医療)」が進んでいます。
ただし、ゲノムを解析できることと、その結果を治療に生かせることは別だと池田氏は指摘します。
「一人ひとり異なる変異のパターンから、どの薬が適しているかを読み解く“解釈”には、高い専門性が求められます。一人ひとり異なる遺伝子変異に対し、どういう薬が有効かを解釈できる専門家がまだ少ないのが現状です。過去6年でだいぶ増えてはきましたが、それでも一部にとどまっています」(池田氏)
そこで期待されるのがAIの活用です。既存の知識をベースに個別のケースへ当てはめる作業は、近年の生成AIが得意とする領域です。しかし、ここに大きな壁が立ちはだかります。ゲノムをはじめとする医療情報は、個人を識別しうる機微な情報になるため、セキュリティの観点から外部の商用クラウドAIにアップロードすることができません。
「AI技術は急速に進化しており、私たちも積極的に取り入れていきたいという思いがありました。そこで、クラウドではなくオンプレミスでAIを活用できる体制を整える必要があると考えていました」(池田氏)
機微な情報を守るための「オンプレミス」という選択
がんゲノム診療科では、AIの本格活用を見据え、2025年度からローカル環境での試行を重ねてきました。研究開発用としては十分な手応えを得たものの、より本格的な処理を行うには、GPUやメモリの性能が次の課題となっていました。
そもそも、機微な医療情報を扱う同科にとって、オンプレミス環境を選んだ最大の理由はデータ保護でした。しかし、その利点はそれだけにとどまりません。
「まず、データ漏えいを心配しなくてよい点が挙げられます。加えて、オンプレミスは処理が速いのも特徴です。クラウドに大きなデータを上げて解析しようとすると、まずデータを転送するのに時間がかかってしまうのですが、オンプレミスなら、通信で待たされることがありません」(池田氏)
さらに、研究用途に合わせて環境を自由にカスタマイズできる点も大きいといいます。診療科の研究ツール群を独自に組み上げている同科にとって、これは商用クラウドでは実現しにくい柔軟性です。
コスト面のメリットも見逃せません。商用のAIサービスは、本格的に業務で使うほど、利用量に応じた費用がかさみます。
「オンプレミスなら、24時間動かし続けても費用を気にする必要がありません。同じことができるのであれば、自前の環境を構築したほうが、コスト面でも有利だと考えています」(池田氏)
こうした条件を満たす選択肢として同科が現在試験的に活用しているのが、GDEPソリューションズ社がGPUを選定・構成した、NVIDIA RTX PRO 6000 Blackwell Max-Q搭載の「Lenovo ThinkStation PX」でした。同社は、お客様の用途に合わせた最適なGPUの選定やスペック構成の提案から、マシンの組み込み・キッティング作業までを一貫してサポートしています。
高性能ワークステーションで機微な医療データを守りながらAI活用を加速
活用効果を実感した場面の1つが、患者データベースの移行でした。長年、別のフォーマットで蓄積してきたデータベースが老朽化し、新しいデータベースへ移す必要に迫られていましたが、データ量はあまりに膨大で、人手での移行はもはや現実的ではありませんでした。
「Lenovo ThinkStation PXは高性能で、大規模な言語モデル(LLM)もローカルで軽快に動作させられます。その結果、それまで時間がかかって進まなかった作業が一気に進みました。ハードウェアの性能が上がれば、より高度なLLMを動かせるようになり、今までできなかった処理が一気に自動化されるのです」(池田氏)
ゲノム解析そのものも、GPUの登場で大きく変わりました。従来はCPUによる解析に1~2週間かかることもありましたが、並列処理に優れたGPUの活用によって、現在の環境では、全ゲノムの解析が20分程度で完了するといいます。
一方、医療機関の多くはいまも多くの作業を人手に頼っているのが実情です。同科では5~6年前から定型業務の自動化に取り組んでおり、高い専門性が要るゲノムの解釈でも、パターン化できる部分は知識データベースとLLMの力を借りて自動化する余地があります。
研究の進め方そのものも、AIエージェントの登場によって大きく変わりました。文献調査など、これまで時間のかかっていた作業を自動で実行できるようになったのです。
「以前はPythonを使って解析する際に、コードをWebや本で調べていました。それが生成AIに聞けばすぐにコードを提示してくれ、さらに近年はAIエージェントがコードを書くだけでなく、実行して解析まで自動でやってくれるようになったのです」(池田氏)
さらに、これまで蓄積してきたゲノム解釈のレポートを学習させることで、独自の知識データベースの強化にも取り組んでいます。想定問答の作成といった膨大な単純作業は、疲れを知らないAIに任せることで、長時間・並列での処理を実現しています。日々更新される最新の医学情報についても、AIに自動収集させ、内容を確認・承認したうえで随時データベースに組み込んでいます。
「研究の本質は、分からないことを明らかにすることです。がんに薬がなぜ効かないのか、といったことを解き明かすのが最も本質的な部分ですが、付随する単純作業もたくさんあります。単純な繰り返し作業はAIに任せ、人は新しいものを生み出す創造的な仕事に時間を使う――そういう時代になってきていると思います」(池田氏)
医工融合を追い風に、その先の医療へ
東京科学大学病院は、2024年10月に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合して誕生した東京科学大学(Science Tokyo)の傘下にあります。池田氏は、この統合がもたらす医学と工学の融合に、大きな可能性を見いだしています。
「同じ大学になったことで、旧・東京工業大学が持つ計算資源や専門家に、アクセスしやすくなりました。学内であれば手続きも簡単で、共同研究のハードルも下がります。また、現在の研究では、東京工業大学が公開した日本語に優れたLLM「Swallow LLM」も活用しています。医学と工学が融合することで、これまで分からなかったゲノムの変化の仕方が見えてくるなど、すでに手応えを感じています」(池田氏)

最先端GPUによる圧倒的な処理速度が、AIエージェント活用の原動力に
用途に応じてスーパーコンピューターとワークステーションを使い分けるなど、研究基盤の選択肢も広がりました。一方で、高性能なGPUを研究室単位で活用する際の排熱は、今後の課題でもあります。この点は、GPUの世代交代とともに水冷モデルなどへ移行が進むことで、解決が期待される領域です。
こうしたハードウェアの進化の先に、池田氏はがんゲノム医療の新たな可能性を見据えています。
「繰り返しの単純作業をAIに支援してもらうことで、人はコミュニケーションや、深い洞察に時間を使えるようになります。それによって医療の質が上がり、新しい薬が見つかり、患者一人ひとりに個別化された、より良い治療につながっていくでしょう。今できないことが、AIや機器の進化によって将来できるようになると思っています」(池田氏)
池田氏が見据えるのは、より多くの人が健康に暮らせる社会です。安全なオンプレミス環境で高性能なAIを走らせる同科の取り組みは、がんゲノム医療の未来を切り開く、確かな一歩となりそうです。
【取材協力】
東京科学大学
GDEPソリューションズ株式会社 https://gdep-sol.co.jp/
お客様プロフィール
お客様 |
国立大学法人 東京科学大学 東京科学大学病院 |
|---|---|
URL |
|
所在地 |
東京都文京区湯島1-5-45 |
概要 |
2024年10月、東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学が発足。大学病院は旧・東京医科歯科大学病院を前身とし、医学・歯学を核とする医療系の教育・研究・診療拠点。がんゲノム診療科では、患者一人ひとりの遺伝子情報に基づく個別化医療(がんゲノム医療)を推進している。 |
国立大学法人 東京科学大学 東京科学大学病院
がんゲノム医療のAI活用を、セキュアなオンプレミス環境で加速
東京科学大学病院が Lenovo ThinkStation PXを先端研究基盤に活用




