特集
3次元CADユーザーでCADやPCのパフォーマンスが気にならないという人はいないだろう。
この記事では、数多くの企業で設計部門の3次元設計立上げとそのためのワークステーションの選定を行ってきた筆者が、LenovoのハイエンドモバイルワークステーションThinkPad P15で、SOLIDWORKS 2019、2020、2021のベンチマークを実施した結果を報告する。
3次元設計には欠かせないPC選定における社内でのベンチマークの参考にもしてもらいたい。
なぜモバイルワークステーション?
毎年コンピューターは性能向上するが、ここ数年の変化は特に大きい。いや、逆にPCのサイズで言えばかなり小さくなった。これは単に小さい機種が出てきているというだけではなく、これまでの性能を維持しながら劇的に小さくなっている。特に、CPUの低消費電力化と熱設計の最適化、電源の小型化がこれを推し進めている。これはテレワークと打合せと現場を行き来する設計者にとっては、なんともうれしいトレンドだ。そんな設計者の今の常識はモバイルワークステーションである。
モバイルワークステーションのエントリー/ミドル/ハイエンドの各機種を比較した関連記事もあるので、気になる方はこちらも是非見ていただきたい。
使用機器
Lenovoモバイルワークステーション
ThinkPad P15(GPU Quadro T2000)
ベンチマークツール
SOLIDWORKS Rx 2019
SOLIDWORKS Rx 2020
SOLIDWORKS Rx 2021
昨今の新しい世代のCPUやメモリ・ストレージは温度や負荷に応じて無駄なく性能を引き出す技術が何重にも施されているため、安定的かつ客観的にベンチマークをとるのが難しくなってきている。今回も予想外の結果が出てベンチマークの難しさを実感した。
ThinkPad P15  | |
|---|---|
OS  | Windows 10 Pro 64bit (日本語版)  | 
プロセッサー  | インテル® Core™ i7-10850H プロセッサー  | 
プロセッサー動作周波数  | 2.7GHz-5.1GHz  | 
プロセッサーコア数  | 6  | 
プロセッサー・キャッシュ  | 12 MB(メインプロセッサーに内蔵)  | 
統合メモリーコントローラー※1  | DDR4-2933  | 
チップ・セット  | インテル®WM490チップセット  | 
vPro対応  | 対応  | 
セキュリティー・チップ(TPM)  | TPMあり(TCG V2.0準拠,ハードウェアチップ搭載)  | 
指紋センサー  | 指紋認証  | 
メモリ容量 (規格)/最大容量  | 32GB(16GBx2)(PC4-25600 DDR4 SDRAM SODIMM) / 128GB  | 
メモリスロット数(空スロット数)  | 4(空 2)  | 
ストレージ  | 1TB ソリッドステートドライブ (M.2 PCIe NVMe, OPAL2.0)  | 
ディスプレイ  | 15.6型 HDR FHD IPS液晶 (1920x1080ドット、16:9)  | 
ビデオ・チップ  | NVIDIA Quadro T2000 グラフィックス(4GB GDDR6)  | 
ビデオRAM容量  | 4GB  | 
外部ディスプレイ出力  | 最大 5120 x 3200ドット、USB Type-C接続時/最大 4096x2160ドット、HDMI接続時  | 
USBポート (フルサイズ USB3.1 )  | USB 3.1 Gen1x2 (内、Powered USBx1)  | 
USBポート (Type-C USB3.1)  | Type-C USB3.1 Gen1x1 、Gen2x2 (Thunderbolt 3対応)  | 
ディスプレイ関連ポート(HDMI)  | HDMI x 1  | 
オーディオ関連ポート  | マイクロホン/ヘッドホン・コンボ・ジャック  | 
イーサネット・コネクター  | RJ-45 x1  | 
ワイヤレス  | インテル® Wi-Fi 6 AX201 a/b/g/n/ac/ax  | 
Bluetooth※2  | Bluetooth v5  | 
オーディオ機能  | インテル® ハイデフィニション・オーディオ (Dolby Audio™機能付き)  | 
スピーカー  | ステレオスピーカー  | 
マイクロホン  | デジタルマイクロホン  | 
内蔵カメラ  | あり (前面:HD 720P+IR カメラ、ThinkShutter付き)  | 
メモリーカードスロット  | SDカードリーダー  | 
キーボード  | 日本語キーボード (バックライト、数値キーパッド付)  | 
本体寸法 (W×D×H)mm  | 約 375.4x252.3x24.5-31.45mm  | 
本体質量(バッテリー・パックを含む)  | 約 2.74kg  | 
使用時間(JEITA2.0)  | i7 FHDの場合 約 15.5時間  | 
充電時間(パワーオフ時)  | 約 2.0時間 (パワーオフ)  | 
ACアダプター|種類  | 170W スリム ACアダプター(急速充電対応)  | 
ACアダプター|質量  | 本体:約 450g コード:約 60g  | 
最大消費電力(W)  | 170W  | 
電源関係  | ACアダプター、電源コード  | 
SOLIDWORKSの最新3バージョンで比較
数ある3次元CADの中でもSOLIDWORKSを知らない設計者はいないだろう。PCの進化もさることながら、ソフトウェアの進化もとどまるところを知らず、SOLIDWORKSの毎年の新バージョンや新機能の発表にワクワクしている人も多いのではないだろうか。そして、CADとPCスペックとの技術的な歩調や相乗効果が性能を左右する重要なポイントであることも、現代のエンジニアには周知の事実であり、度々話題になる。
SOLIDWORKSはエンジニアに使われてきた歴史が長いだけあり、必要な機能があらゆる面でそろっている。SOLIDWORKSにはSOLIDWORKS Rxというベンチマークツールが付属しており、これひとつで必要な数値が全て得られる。そしてそのスコアの単位は感覚的にわかりやすい「秒」である点もとても使いやすい。※他ベンチマークツールでは独自のスコアを採用している例も多い。
今回は2019バージョンを基準(1倍)として2020、2021バージョンがそれに比べて何倍性能向上しているかという視点でまとめた。
ベンチマーク結果
ベンチマークの結果は以下である。
毎年性能向上するはずのSOLIDWORKSがまさか、最新の2021で大きく性能が落ちている!?
P15(GPU Quadro T2000)
2019  | 性能比  | 2020  | 性能比  | 2021  | 性能比  | |
|---|---|---|---|---|---|---|
グラフィックス  | 9.9s  | (1倍)  | 6.3s  | 1.6倍  | 22.4s  | 0.4倍  | 
プロセッサ  | 22.4s  | (1倍)  | 22.5s  | 1.0倍  | 23.4s  | 1.0倍  | 
I/O  | 19.2s  | (1倍)  | 20.4s  | 0.9倍  | 22.8s  | 0.8倍  | 
レンダリング  | 4.7s  | (1倍)  | 4.4s  | 1.1倍  | 7.7s  | 0.6倍  | 
RealViewパフォーマンス  | 17.6s  | (1倍)  | 5.8s  | 3.0倍  | 20.8s  | 0.8倍  | 
Simulation  | 53.9s  | (1倍)  | 49.2s  | 1.1倍  | 26.6s  | 2.0倍  | 
いや、ここは冷静になってひとつずつ見ていこう。
まずはグラフィックス。これは3Dモデルのビューを移動・回転・ズームする際のレスポンスの良さを示す指標であるが、2020で大きく性能向上している。これは2020以降を使用したユーザーであれば実感している人も多いのではないだろうか。2020の新機能に関するドキュメントには以下のように記述がある。
「SOLIDWORKS 2020 では、次のようにパフォーマンスとワークフローが改善されています。」
より詳細は公式のドキュメントを見ていただければと思うが、たとえば、「以前のバージョンで保存されたほとんどのアセンブリと図面は、新しいバージョンで保存する必要なく、素早く開くことができます。 複数のコンフィギュレーションで参照構成部品を使用するアセンブリでは、より大きな改善が行われています。」といった機能向上や、それまでベータ機能であったGPU性能を最大限活かすオプション「グラフィックパフォーマンスの拡張」がデフォルトで有効になった。今回のベンチマークでも1.6倍もの向上を見せているため明らかに体感できるだろう。
以降の「プロセッサ」はモデルの更新、「I/O」はデータの保存とオープン時間に関する指標であるが、この3バージョンのなかでは大きな変化はないようだ。
次に、2020のRealViewパフォーマンスの向上は3倍ものパフォーマンスを叩き出しているが、実は新機能のドキュメントには記述がない。これはソフトウェアの仕様変更とPCとの技術的な歩調が合った良い例ではないだろうか。前述のグラフィックスにおけるGPU性能を活かす仕様と同様、これもGPUの活用があるだろう。このような思いがけない良い結果が出るからベンチマークはいつもワクワクする。
そして、Simulationである。これは2021で2倍の性能を出している。これは計算時間が単純に半分になるということで、解析を使う設計者にはシンプルに一番うれしい機能とも言える。ドキュメントの記述は以下。
「SOLIDWORKS Simulation Professional と SOLIDWORKS Simulation Premium のパフォーマンス改善
「接触計算およびマルチコア メッシュの改善により、シミュレーションが高速化されます。」
そして最後に体感である。ベンチマーク結果はともかく、体感では各所で明らかに高いパフォーマンスが感じられた。ハードウェアも数年前のものに比べて遥かに快適に進化していることは間違いない。
2021はグラフィックパフォーマンスが大幅に落ちた!?
さて、問題はここからである。ここまであげた項目は旧バージョンと同等か大きな向上があった。しかし、
グラフィックス
レンダリング
RealViewパフォーマンス
は2020でせっかく性能が上がったのに、2021でガクッと性能が落ちているグラフになっているではないか。一方、体感では明らかにパフォーマンスが上がっているのも確かだ。私もこれに驚いて調べてみた。
まず、この3項目がいずれもGPUに関わる項目であること、そして、計測時間が現在数秒であることに気づいた。PCのGPU性能はどんどん向上し、その技術に対応してソフトウェアも進化する。これをこの数年間繰り返していくうちに、計測時間がベンチマークツールが当初想定していた時間よりもずっと短くなってしまっているのだ。計測時間が短すぎると、計測結果のバラツキが大きくなるものであるが、確かに近年はその傾向を強く感じていた。
このような考察や関係者の協力のもと調べていくと、以下のドキュメントの記述にたどり着いた。
「SOLIDWORKS Rx パフォーマンス ベンチマーク テストを更新」
「パフォーマンス ベンチマーク テストの更新により、~略~これらの変更により、パフォーマンス テストを使用して SOLIDWORKS 2021 以前のバージョンとの間でグラフィックスと RealView のパフォーマンスを比較することはできません。 比較できるのは、同じバージョンの SOLIDWORKS を実行している2つのシステム間だけです。」
すなわち、ベンチマークツールのルールが変わったということである。GPUに関わる性能が上がりすぎたため、負荷を高くして測定の精度を確保したということだ。 たとえば、オリンピックの短距離走がもし100mではなく50m走だったら、スタートのタイミングだけで勝敗がほぼ決まったり、バラツキも多くて、スポーツとしては成立しないのではないだろうか。
そして、なによりそんな短い競技では実力も出せずドラマも生まれず、面白くないだろう。逆に言えば100m走もタイムが劇的に縮まり、決勝の選手が全員3秒でゴールするようになれば、ルールは変更されるだろう。生身の競技ではそうそうあり得ないかもしれないが、道具を使う競技では、道具の進化によるルール変更は度々ある。私も最初にベンチマーク結果を見たときは驚いたが、事情を知って、素晴らしく前向きなうれしい仕様変更であると感じた。
では実際2021バージョンはどれほど性能向上しているのか。ドキュメントの記述はこうだ。
「モデルの表示パフォーマンスの向上」
「SOLIDWORKS 2021 では、隠れ面消去、シルエット エッジ、および図面のパフォーマンスが向上しています。 コンフィギュレーションをすばやく切り替えることができます。」
これは確実に性能向上していると見ていいだろう。しかし、これまで性能向上しすぎたおかげで残念ながらこのバージョン間では数字で比較ができなかった。実際のパフォーマンスは是非皆さんが自ら、自分たちのモデルで「体感」していただくのが確実だろう。
「2021はグラフィックパフォーマンスが大幅に落ちた!?」のではなく、逆に大幅に上がったことで、グラフが落ち込む結果になっていたのだった。
ThinkPad P15の良いところ5選
最後にベンチマークで格闘中の私が感じたThink Pad P15の性能以外の良いところを5つあげる。
5位:スムーズなタッチパッドとしっかりしたキーボードの押しごこち
Webや写真だけでは評価できないものは是非借りて触って確かめる。
4位:指紋認証他セキュリティ
キュリティは確保したいがパスワードはわずらわしい。スマホもPCも指紋認証がやっぱり一番便利。高性能モバイルワークステーションが生み出すデスクトップからの移行組にはこんな感動もある。指紋認証速度も高速でストレスは全くない。
3位:フル充電2hという急速充電
充電時間はじつはかなり重要。使ってみないと分かりにくいし、書いていない製品も多いなか、しっかりスペックとしてあげてあるところが良い。
※Rapid Charge対応については、0-100% 約2時間、0-80% 約1時間というスペックです。Rapid Chargeの議論では後者の80%充電をベースに議論されることも多いので、フル充電の時間であることを明記頂きたい背景です。
2位:ACアダプター
PC本体がいくら小さくてもACアダプターが大きくては元も子もない。さらに言えば、その前後のケーブルも含めた一式のサイズが重要。この機種はケーブルもすっきりまとめられて便利なので、その時のサイズも測定した。ACアダプター一式をまとめた時のサイズ:約150x78x21mm
1位:前面カメラシャッター
テレワークやリモート会議が増えるなか、物理的にカメラを隠すシャッターは大きな安心感。シンプルながらセキュリティとしても重要な機能。
以上、Think Pad P15とSOLIDWORKS 2019、2020、2021によるベンチマークからわかったことが皆さんの活躍のヒントになれば幸いです。
筆者プロフィール
デジプロ研 CAD/CAEコーディネーター 太田 明
3次元設計/CAE導入立上げコンサルタント、元半導体製造装置エンジニア
Inventor & Fusion 360勉強会、SBD利用技術研究会(SOLIDWORKS系CAEユーザー会)幹事の他、SOLIDWORKSユーザー会、AUG-JP(Autodesk系ユーザー会)、CUG(土木系BIM/CIMユーザー会)などにも積極的に参加。ユーザー同士の学び合いを通して本当に使える3次元設計のノウハウを日々探求している。




