ファン音に気づかなかったということは、両マシンとも、それほど静かに高い負荷の処理をこなしていたことになります。
ニコラデザイン・アンド・テクノロジー
代表取締役
水野 操氏
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設計者が自ら構造解析を行うCADエンジニアのワークスタイル「設計者CAE」。そのためのツールとして注目を集めているのが、構造解析の専門知識がなくてもシミュレーションが行えるとされる米国ANSYS社の「ANSYS Discovery Live」だ。
このCAEツールが、モバイルワークステーション上で実務に耐えうるスピードで動作すれば、設計者は時と場所を選ばすに、設計と構造解析の作業を同時並行的に進めることが可能になり、不要な手戻りによる無駄な工数の削減が実現できる。そのことが設計現場の働き方改革につながる可能性が大いにある。
そこでレノボでは、CAEに精通するニコラデザイン・アンド・テクノロジー代表取締役、水野 操氏の協力を仰ぎ、レノボのモバイルワークステーション「ThinkPad P52」「同P72」によるANSYS Discovery Liveの動作性能を計測することにした。
なお、水野氏は、二コラデザイン・アンド・テクノロジーにて3D設計・モデリングサービス、3D CAD/3Dプリンタの導入支援をはじめ、それらを活用した新規事業のコンサルティングサービスなども手がけている。
今回の検証は、ANSYS Discovery Liveによる「静的応力解析」と「トポロジー最適化」の処理スピード(処理時間)を計測することで行われた。この検証を目的に、水野氏は、静的応力解析モデルとトポロジー最適化モデルの2つ用意。その処理性能を測るためのデータとして、解析時に生成されるログの時間を使用した。
今回の検証の目的はシンプルであり、「設計者CAE」の環境として、レノボのモバイルワークステーション「ThinkPad P52」「同P72」の性能がどういったレベルにあるかを確認することだ。
その性能が実用レベルにあれば、設計者は、時と場所を選ばすに、設計から構造解析までの作業を済ませ、設計のブラッシュアップに活かしたり、取引先で自らの設計の構造上の正しさを検証して見せたりすることが可能になる。そうなれば、設計者の働き方改革につながる可能性も高い。
早速、検証結果を見ていきたいところだが、その前に、今回の検証で水野 操氏(ニコラデザイン・アンド・テクノロジー代表取締役)が使用した環境について確認しておくことにしたい。
検証に使用されたソフトウェア「ANSYS Discovery Live」は、いわゆる「構造解析」と呼ばれる応力解析だけではなく、「流体解析」や「伝熱解析」、構造との「連成解析」、さらには、「トポロジー最適化」も可能な総合的なCAEツールである。大きな特徴は、解析ソフトの使用に慣れていない設計者でも、シミュレーションが行えること。また、GPUを積極的に活用する設計になっている点も、設計者に向けたCAEツールとしては珍しい特徴であるという。
水野氏が検証に使用したThinkPad P52/P72のスペックは表2に示すとおりである。
ThinkPad P52 |
ThinkPad P72 |
|
---|---|---|
モバイルワークステーションミッドレンジ |
モバイルワークステーションハイエンド |
|
CPU |
Core i7-8850H |
Xeon E-2176M |
メモリ |
16GBx2 |
8GBx2 |
HDD/SSD |
512GB SSD (M.2 PCIe NVMe) |
512GB SSD (M.2 PCIe NVMe) |
GPU |
NVIDIA Quadro P3200 |
NVIDIA Quadro P4200 |
モニタ |
15.6インチ/解像度3840x2160 |
17.3インチ/解像度1920x1080 |
表1:検証に使用したThinkPad P52/P72のスペック
表1を見てのとおり、ThinkPad P52には、GPUとして「NIMDA® Quadro® P3200」を、P72には「NIMDA Quadro P4200」をそれぞれ搭載させている。このスペックを見て、ThinkPad P52とP72のメモリ容量の違いが気になるところかもしれないが、水野氏が今回検証に使用した解析モデルは比較的小規模であり、メモリサイズの違いはそれほど問題にはならないとしている。
水野氏は今回、ANSYS Discovery Liveを使った「静的応力解析(構造解析)」と「トポロジー最適化」の処理をThinkPad P52/P72上で走らせ、それぞれの実行スピードを計測した。
このうち、静的応力解析の検証用として、水野氏は以下の図1に示す航空機モデルを用意した。
図1:検証に用いた「静的応力解析モデル」ML-11
(提供:法政大学 航空・機械音響研究室 データ修正:水野操)
このモデルは、本来構造は無視して単一の中身が詰まった「ソリッドのモデル」として定義されており、モデルの素材は「アルミ合金」に設定されている。また、このモデルを使った構造解析を行うために、水野氏は以下の環境条件を設定した。
図2:検証の環境条件~飛行機の底面の一部を完全拘束とし、主翼全体に揚力を想定した上向きの荷重を与える~
上の条件を定義したのち、「最高精度」の設定で解析を実行。解析において自動生成された要素数は「92462」で、節点数は「148860」となった。また、計算時にはCPUのリソースを2分割にして計算を行っている。
この解析の結果として出力された応力分布は、図3のとおりである。
図3:応力分布の例(「Von Mises相当応力」の解析結果例)
この結果は、今回のモデルに与えた境界条件に対して出力された結果としては、妥当なものと水野氏は説明する。
では、本題のThinkPad P52とP72の処理性能はどうだったのか。 その結果は、下の図4に示すとおりである。これは、解析時に生成されるトランスクリプト(ログ)に記録された処理時間をベースにしたものだ。
マシン |
処理時間(ログファイルによる) |
---|---|
ThinkPad P52 |
13.562 sec (CP Time) |
ThinkPad P72 |
13.049 sec (CP Time) |
図4:ThinkPad P52 vs.P72の処理時間比較~ログに記述された時間をベースにした性能比較~
図4にあるとおり、ThinkPad P72のほうが、P52よりも早く応力解析を完了させている。これは、GPUの「NIMDA Quadro P4200」と「NIMDA® Quadro® P3200」の性能の違いが、そのまま表れた結果と見なすことができる。ただし、両者の差は0.63秒と極めて小さく、「実務上はまったく違いはないと見ていい」と、水野氏は語り、こうも続ける。
「注目すべきは、ThinkPad P72と同P52との性能差ではなく、両者の処理性能の高さです。この結果を見る限り、通常の線形の応力解析であれば、今回のような比較的小規模なモデルだけでなく、比較的大規模なモデルでも、かなり高速に計算できることが想定でき、設計者CAEの実務に十分適応可能であると推測できます」
次に、「トポロジー最適化」の検証結果について見ていく。
トポロジー最適化とは、与えられた条件に対して最適な形状をCAEツールに求めさせることを指す。この手法は、ヒトではなく「CADツール(ソフトウェア)に最適な形状を求めさせる」という点で注目を集めている。
ただし、トポロジー最適化は、高負荷の解析で、比較的単純なモデルのトポロジー最適化計算でも、使用するツールやPCによっては10分以上かかることが珍しくないという。ところが今回の検証において、ThinkPad P52/P72はともに1分そこそこで処理を完了させた。「これには本当に驚かされました」と水野氏は語り、こうも続ける。
「その検証中、ThinkPad P52/P72のファン音に一度も気づかなかったことも、今にして思えばすごいことです。つまり、両マシンとも、それほど静かに高い負荷の処理をこなしていたことになります。こうした静音性は、設計者が作業に集中しやすくなるという点で、ThinkPad P52/P72を使うもう一つのメリットと言えるかもしれません」
水野氏の指摘の通り、ThinkPad P52/P72では独自の冷却ファン「FLEX パフォーマンス・クーリング」を採用している。CPUとグラフィックスのそれぞれにファンを持つデュアルファン構成とし、CPUとグラフィックスをヒートパイプで接続して一体的に冷却、相互に冷却性能を補完する機能だ。これによって冷却効率が高まり、ファンの回転数が減少するため、動作音が静かになるだけでなくファンの寿命も長くなる。また、仮に一方のファンが故障した場合でも、もう一方のファンが排熱するため、処理を落とせば作業を継続利用できるという点で、冗長性も合わせて持っていると言える。
その検証で、水野氏は以下の図5に示すトポロジー最適化対象のモデルを用意した。
図5:検証に使用したトポロジー最適化モデルのイメージ
このモデルは、壁に棚板などを設置するための固定具「L字金具」としての用途を想定したものである。したがって、垂直の平面が壁面に接し、上面の水平な面には棚板が乗ることを想定している。また、使用する材料にはデフォルトの鋼材が設定されている。
また、検証を行ううえでの境界条件としては、垂直面には「完全固定」の条件を、また、上面の水平面には下向きに「100Nの荷重」がかかることを想定した(図6)。
図6:検証の環境条件~垂直面には「完全固定」を水平面には「100N荷重」~
トポロジー解析に必要な「目的関数」「制約関数」に相当するものは、デフォルトの設定がそのまま用いられている。さらに、このモデルで生成された要素数は「3978」で、節点数は「19992」。静的応力解析と同じく、こちらも計算時にCPUのリソースを2分割している。
水野氏によれば、今回の設定においては下の図7のようなジオメトリが求められ、これはほかのトポロジー解析の結果と比較しても妥当なものと見なせるという。
図7:トポロジー最適化の解析で求められたジオメトリ
静的応力解析と同じく、処理性能の指標として解析時に生成されるトランスクリプト(ログ)に記録された時間を用いた。結果は、下の図8に示すとおりである。
マシン |
処理時間(ログファイルによる) |
---|---|
ThinkPad P52 |
1 min 32 sec (Total Time) |
ThinkPad P72 |
1 min 22 sec (Total Time) |
図8:ThinkPad P52 vs.P72の処理時間比較~ログに記述された時間をベースにした性能比較~
トポロジー最適化では一般的な静的応力解析と比較すると負荷が大きく、結果的にThinkPad P52とP72との計算時間の差は少し顕著となり、両者には10秒の差が出ている。
ただしそれでも、先の水野氏の言葉にあるとおり、ThinkPad P52、P72はともに1分そこそこで処理を終えている。「この計測結果を見る限り、ANSYS Discovery LiveとThinkPad P52、あるいはP72の組み合わせでトポロジー最適化を行う時間的なメリットは非常に大きいと言えます」と、水野氏は改めて強調する。
今回の検証結果から、水野氏は次のようにThinkPad P52/P72を評価している。
「設計者は通常、複雑で不安定な解析問題を解くケースは少なく、どちらかと言えば、すでに実証済みのジオメトリや素材を用いて、設計の方向性が合っているかどうかの検討を行うことが一般的です。
そうした作業で使うCAEツールやワークステーションに求められることは、いかに短時間で結果が出せるかです。
その点で、ANSYS Discovery Liveについても、ThinkPad P52/P72にしても、設計者による解析業務──つまりは、設計者CAEに適したものと言い切れます」
水野氏によれば、設計者CAEでは、例えば、トポロジー最適化の計算にしても、条件を変えて幾度も実行できることが、設計業務の効率化には有効であるという。にもかかわらず、一度の解析に数十分から何時間もかかるのが当たり前の現状だと、そう気安くはできない。だが、ANSYS Discovery LiveとThinkPad P52、あるいはP72のコンピネーションであれば、そのような試行錯誤が行えるようになる可能性が大いにあると、水野氏は指摘している。
短時間での解析、確認、そして場所を選ばない静音性、モバイル性。いよいよ設計者CAEも社内固定デスクに座る時間が短くなり、働き方改革に乗り出しそうだ。
ファン音に気づかなかったということは、両マシンとも、それほど静かに高い負荷の処理をこなしていたことになります。
ニコラデザイン・アンド・テクノロジー
代表取締役
水野 操氏